『真っ赤なほぉ〜っぺの サンタクロぉ〜スぅ〜♪ 目の前を歩く弟がご機嫌でワケの分からないそんな歌を、大きな声で歌いながら一歩一歩進む度に、フードについているウサギの耳がピョコピョコ上下に揺れている。 まだ5歳の弟は、自分の体の半分はあろうかというケーキの箱を抱えながら、嬉しそうに微妙に間違っているクリスマスソングを口にしていた。 決して、兄バカというわけではなく、響也の歌声はとても魅力的だったし、アカペラとは言え、音程もしっかりしていた。 だがしかし。 我侭を突き通すまで満足しないのだ。彼の弟は。 ━━━… 真っ赤なのはトナカイの鼻なんだけどな。 霧人は響也を見失わないように、また、追い越さないように注意深く、その背中を追い、歌声に耳を澄ませていた。 「あ!」 うつぶせのままの響也の口から小さな声が漏れた。 雪が普段降らない都市で、雪が積もりそうなほど降るということは、交通網に多大なる被害が出るということだ。 家に帰り着き、一通り、怪我が無いかと調べれば、軽い打撲程度で事は済んだ。 『ゴメンネ。響也君。お父さん今日じゅうにお家に着けるかどうか分からないんだ』 その父の言葉に、響也の動きが止まった。 響也がどれほど今日という日を楽しみにしていたのか、霧人もよく理解していたので、下手に慰めようなどとは思わなかった。 「ぼくが水疱瘡になったからだ」 「うう。ぼくが我侭言って、ケーキを落としたのが一番かな…」 しょんぼりと肩を落とし、哀愁を漂わせて居るその背中に、霧人が 「ぼく…悪い子…」 霧人は、その言葉の真意に、しばらく考えをめぐらせた。 「いやいや。響也君。 「このケーキはこんな状態になってしまったけど、代わりにホットケーキを焼こう。 宝月茜に「ケーキを切って下さい」と、いったことが運の月。 「だ…だから私はイヤだったのよ!」 そう、このケーキは「全国洋菓子名店クリスマスケーキ特設会場」で、ビビルバーのマスターがわざわざ、みぬきたち、なんでも事務所の皆さんへ、と買ってきてくれたもので、北国でもかなり人気の名店で、なかなか入手できないお店の物を買ってきてくれた物だ。 「どうぞ」 「ありがとう」 ニコニコと微笑みながら、響也が素直に礼の言葉を述べると、三人の動きが止まった。 普段冷たく接してくる茜が、自分の事を少しだけ、気にかけてくれていたのは本当に嬉しい。 ━━━… 記憶の中にあった優しい兄の存在を否定しようとした自分自身も。 あの日。兄の作ってくれたホットケーキを食べて、兄には料理のセンスがないと悟った。 「君達がぼくに素敵なクリスマスプレゼントをくれたから、ぼくは歌をプレゼントするよ」 と、歌い出したクリスマスソングに法介の異議がとんだ。
着ぃ〜てる服もぉ〜 真ぁっ赤ぁっか♪』
彼の弟、響也はとにかく目を引いた。
ウサギさんのコートが妙に似合うこともそうだが、オコジョ型のマフラーも、そして何より、妙に歌詞を間違ってはいるが、その歌声がもっとも周囲の興味を引いた。
だから、その歌の上手さに、口ずさむ程度のそれでも、皆の視線が響也へと向く。
そして、向けば向いたで、その愛らしい姿にも注目が集まった。
と同時に、その兄である霧人にも自然と注目が集まった。
その視線は響也に対するような好意的な物ばかりではなく、『あんな小さな子に荷物を持たせて』というような、非難めいた物も含まれていた。
予約していたケーキを引き取りに行ったが最後、『ぼくが持つの!』と頑として譲らなかったのは響也で、そうなってしまった彼はどうする事もできない。
と、その時。
彼の頬に冷たい物が一瞬触れて、そして、溶け、それと同時に『あ!』と響也が声を上げると、くるりとこちらを振り返り、きらきらとまばゆいばかりの笑顔を向け、『お兄ちゃん!雪!雪ぃ〜!!』と、ホワイトクリスマスになった事を喜び、駆け足でこちらへ向かってくる。
「こ…コラ!響也!あぶ…」
━━…ない!!
と、注意をしようとしたのも束の間、響也はズデン!とうつぶせ状態で転んでしまい、その手に持っていたケーキの方が先に、霧人の足元に飛んできた。
そして、霧人はケーキの箱をそのまま拾うと、響也の元へと急いできた。
「響也。大丈夫?」
優しくそう声をかけたが、響也は、ウグ。エグ。と、もう既にしゃくりあげ、泣く準備万端である。
結局、霧人は『あぁ〜ん!ぼくのケーキィ〜!!』と泣き出した響也をおんぶし、無残な姿になって居るだろうケーキを腕に引っ掛けて、いそいそとその場を後にした。
多分、響也は家に帰ってからも泣き止まないだろう。
クリスマスだからとは言え、雪が降るのが良いとは限らない。
そう、父は沖縄へ、母はアメリカへ、それぞれ仕事で出かけ、これから各自、飛行機で帰ってくる予定なのだ。
しかし、響也の悲劇は、やはり、その程度ではすまなかった。
家の電話が鳴り響き、ディスプレイに『お父さん』と表示されているのを見た響也は、なんとか元気を取り戻し、『もしもしガリューデス!』と元気よく出た。
そして、ひとしきり父親に褒められ、機嫌がだいぶ良くなったころ、爆弾が投下された。
そして、霧人が溜息を吐き捨てて、固まってしまった響也から受話器を取り上げると、『うん。しょうがないよね。大丈夫だから、それよりも気をつけて帰ってきてね』と告げると、そのまま受話器を置いた。
しかし、響也はあまりのショックから立ち直れずにいて、立て続けに鳴った、『お母さん』とディスプレイに表示された電話には気がついていないらしい。
代わりに霧人が、『はいもしもし、お母さん』と出ると、アメリカを出発はしたのだが、着陸できずに他の空港に行く可能性もあるので、もしかしたら。というような内容で、霧人は『うん。分かってる、しょうがないよね。天候が悪いんじゃ』と、相手を慰めるような言葉を告げて、受話器を置いた。
未だにショックから立ち直っていない響也に、さらに追い討ちをかけるとは理解しながらも、霧人は、『お母さんも、今日中に帰ってもれるか分からないってさ』と告げた。
そして響也は再び、『ヒッ』と小さくしゃくりあげたかと思うと、三拍ほどの間を置いて、火がついたように泣き出した。
だから、好きなだけ泣かせ、疲れさせ、そのまま眠らせてやろう。と。
枕元に置いてある、大きな靴下のその下に、響也が『さんたさんへ』とやっと書けるようになった平仮名で『ぼくはおとうさんとおかあさんとおにいちゃんのよにんでくりすますぱーてぃーがしたいです。』と書いてあるのを知っていたから。
別に内容を覗き見したわけではない。
ただ、その手紙を書いている最中、響也はそわそわと何度も霧人に、『全部、平仮名だとサンタさんには読んでもらえないかな?英語の方が良いかな?』などと聞いてきたし、『この文章は変じゃないよね?』と、尋ねてきたから内容を知っているだけだ。
ただ、質問していた当人は、霧人に手紙の内容がばれているなどとは思ってもいないらしく、『勝手に読んだら、お兄ちゃんだって絶交するからね!』とわけの分らない事を言っていたが。
わけが分らないと言えば、今の響也も泣きながら変なことを言い出した。
たしかに、今年水疱瘡にかかり、霧人も家政婦さんも両親共々大変な目に遭い、まだ水疱瘡にかかっていなかった霧人もついでにかかってしまったが。
「ぼくがピーマン嫌いで、おねしょも直らないからだ」
嫌いな物は何もピーマンばかりではないし、確かに、二段ベッドの上で寝ていて、おねしょが直らないのは、霧人にとっても大変迷惑な話である。
ただおねしょに関して言えば、夜眠る前のジュースを我慢すれば直せるはずなのだが…。
「寝る前に歯を磨かなかったから?それとも、赤ちゃんの歯が抜けなかったせい?
でも、ぼくそれで凄く痛い思いしたのに!」
ああ。歯医者に行きたくない!とごねた響也を家政婦さんとともに苦戦して連れて行ったのは、今年の春先の話だったか。
もちろん、注射も全身全霊で嫌がってくれて、あの時は本当に大変だったな。
「ぼくがお部屋掃除できないから…」
それには霧人の耳が痛かった。
いつも「出した物はすぐに片付けなさい!」と注意をするのだが、響也はすぐに他の物に目移りしてしまい、なかなか片付けを始めない。
そして、一刻でも早く、部屋を綺麗にしたい霧人が、痺れを切らして、片付けてしまうため、響也は自然と片付けの出来ない子になっていた。
崩れてしまったケーキを箱から取り出しつつ、響也は誰に何を告白しているのだろう。と考える。
「響也。さっきから何、大告白大会をしてるの?」
と、意を決して尋ねてみた。
それに、響也はウサギのような真っ赤な目をこちらへと向けて答えた。
「…つまり、サンタさんが響也にクリスマスプレゼントをくれなかった理由を探してるの?」
その霧人の言葉に、響也はコクリと頷いた。
そして、霧人は、その響也に
「水疱瘡と乳歯は仕方がないにしても、確かに、偏食は無い方がいいし、おねしょは良くないよね。
でも虫歯については、あの後、歯医者さんに褒められるほど頑張って歯磨きを続けてるし、ケーキはお兄ちゃんにも責任があるから、響也ばかりが悪いんじゃないよ」
「でもでも!もう、そのケーキは食べれないよ。
ぐちゃぐちゃだもん!」
中身を見れば、見るも無残。
サンタクロースなど、生クリームに頭から突っ込んで居る。
実はこのサンタさんは、響也君に大変感謝してるんだよ。
何せ彼は生クリームが大好きだから、その中に頭から入ることが出来て、凄く幸せだ〜!響也君ありがとう!って言ってる」
何となく、生クリームから足だけはみ出しているサンタの砂糖菓子を見ていたら、そんな嘘をつきたくなった。
そして、棚を確認し、ホットケーキミックスを見つけると、「確かにさ」と、霧人は前置きしてから続けた。
で、その上にこのぐちゃぐちゃになったケーキをトッピングすれば、即席、クリスマスケーキもどきが出来ると思うんだ。
ただ、ホットケーキを焼くのがお兄ちゃんだから、家政婦さんほど美味しいホットケーキは作れないけどね…。
あ。そうだ響也。もしかしたらお父さんとお母さん、間に合うかもしれないから、二人でホットケーキを焼こう!
そして二人をおどろかせないか?」
そう提案し、優しく頭を撫でてくれた兄に、響也は満面の笑みを浮かべて、「うん!」と元気よく答えた。
そして、二人で仲良く、クリスマスケーキを作り直したその日の夜中、両親共々かなり無理をして帰ってきてくれた事を思い出す。
その年の牙琉家のクリスマスパーティーは、イブではなく、その当日に変って間もなく、ささやかに開かれた。
せっかく、綺麗な形だったものが、今が見るも無残な姿へと変えていた。
今居る面子の中で、最も「等分」が得意そう。という、それだけの理由で、彼女にケーキを切る役目をお願いしたのだが、包丁の扱いについて念頭に入れなかったのは、法介、みぬき、響也の誤算だ。
しかし。幾ら不器用とは言え、この崩れ方はある意味、芸術だと思う。
まるで上から箱ごと落としてしまったかのような崩れっぷりである。
確かに茜は「イヤだ!やりたくない!」と最初から最後までゴネ、最後には、「どうなっても私の責任じゃないからね!」と念を押していた。
「ま…まあ。形はこんなのでも、一応、きぬとやのケーキである事には変らないから、皿に盛って、スプーンで掬って食べましょうか?」
「…ちょっと待って。
ねえ。フライパンとホットケーキミックスと後は卵と牛乳とバターか。それらはある?
無ければホットケーキミッスクは、小麦粉でも良いけど」
「ホットケーキミッスクならここにありますよ。
後、卵と牛乳とバターはここです」
みぬきがテキパキと言われた物を準備してから、改めて響也に尋ねた。
「何をするんですか?」
「ん?ああ。ホットケーキを焼いて、その上に、それをデコレーションすれば、即席クリスマスケーキが作れるな。と思って。
で、ぼくのホットケーキを食べたい人は?」
と尋ねれば、みぬきと法介は「はい!」と、素直に手を上げて、茜はこっそり、控えめに「はい」と手を上げて居る。
「じゃあ。ちょっとそのケーキをちょうだい。
ちょっと待っていておくれよ」
と、慣れた様子でホットケーキを作り出し、物の三十分で、即席、クリスマスケーキを作り上げた。
と人数分取り分けて、三人が嬉しそうに食べだし、三人が三様に響也のケーキを賞賛━今回は珍しく、茜も素直に賞賛していた━し、気に入ってくれた事を確かめてから、響也も一口、口へと運んだ。
あの日食べた、即席クリスマスケーキは、ホットケーキが思いの外、硬くなってしまい、中はパサパサで、お世辞にも出来が良かったとは言えないが、それでも、響也には、あの日のケーキは、あれはあれで美味しかった。
彼らはなんと優しくて、そして素直なんだろう。
今日の夕方、執務室に押しかけてきた茜に「ちょっと来てください」と、腕をガッチリと掴まれて、拉致されるようになんでも事務所に連れてこられれば、みぬきが「ビビルバーのマスターにもらって、食べきれないので…」とケーキを一緒に食べて、ささやかなクリスマスパーティーをしましょう。と誘ってくれた。
多分それは、一人でクリスマスを過ごすくらいなら。と、半分やけを起こし、仕事を詰め込んでいた響也に対する、この三人なりの気遣いだったのだろう。
そして、今でも兄や親友の事で悩んで居る自分に対しての…。
だからその三人の気遣いが、響也は素直に嬉しかった。
これで少し、捜査中に協力的ならもっと嬉しいのだが、どうも自分の勤務態度かそれとも女性にもてすぎるのが気に食わないのか、常に優しくしてくれるわけではない。
そして、兄については、法介だって少なからず悩んでいたはずなのに、年下の彼に気を使わせてしまったことを響也は内心、少しだけ恥じた。
と、同時に。
元々、バイオリニストを目指していた人だから、料理などが上手いわけは無いのだが、だったら自分が料理をしようと思い、家政婦さんに次の日から弟子入りした。
「牙琉検事!その歌は「真っ赤なお鼻のトナカイ」です!」
■聖夜の奇跡■
2008.12.25.UP
あとがき
即席クリスマスケーキならぬ、即席クリスマスで、久し振りの休暇で、家でのんびり過ごしていた日の弟とのこんな会話が元になっているお話です。
姉:たしかアンタが、4歳かそのくらいの時に、お母さんの手伝いに一生懸命やっててさ、クリスマスケーキも買い物の荷物持ちと同じような気分で引き受けて、滑って転んで、ぐちゃぐちゃにしちゃったことがあったよね?
弟:そうそう。そして、尻餅ついて。ぼく、その時、尾骨を骨折したんだよ。
あれは本当に痛かったな。
姉:そうだそうだ。
たしか、椅子にも座れなくて、仰向けでも寝れなくて寝返りも打てないし、夜も痛みで何回も夜泣きして酷いから、おじいちゃんとおばあちゃんの部屋で川の字になって私は寝たんだよね。
とは言っても、一つ屋根の下だから、あんまり変らなかったんだけど。
弟:ぼく、今でもあの時のお父さんの顔が怖かったのを覚えてるよ。
姉:ああ。お母さん半べそかいてたもんね。
でも、子供心に「お母さん、それ、フォローできない!」って思った記憶ある!
弟:ぼくは夫婦喧嘩してる前に、早く病院連れてって!て思ってたんだよ!
姉:結局、おじいちゃんの一声で、場が和んで、病院に急いでお父さんが連れて行ったんだよね。
弟:で。ぼくが病院行ってる間に、お母さんがクリスマスケーキをホットケーキで作り直したんだよね。
姉:ああ。なんかちょっと、お父さんに本気で怒られてシオシオになりながら、ホットケーキ焼いてたっけな。
「お尻の形が変形したら私のせいだ」とか言って。
という昔話をしながら、子供の頃の牙琉兄弟で似たような話が出来ない物かと、作ってみました。
本当に思いつきだけの作品です。
そして、相変らず子供を書くのが苦手なので、仔響也の描写に関しては、真野にガッツリチェックをしてもらいました。
何だか最近、子供の頃の響茜を描いてばかり居るような気がするのは錯覚だと思いたいです。
悠梛 翼