パタパタと足音がしたので、まだ眠いけどボクは目を開けたんだ。
もちろんその足音が、ボクの大好きな霧人さんの物ではないと分かっていたのだけれど、お友達と一緒に帰ってきたのかもしれない。と思って、いつものように「お帰りなさい」と、出迎えようと思って目を開けたんだ。
でもね。
そこに居たのは霧人さんのお友達とも思えない人達で、みんな同じ服を着て、黙々と家の中から物を運び出して居たんだ。
ボクは咄嗟に思った。
───… こいつら泥棒だ!
霧人さんの大切な荷物をどこかに持っていくつもりなんだ!…と。
その証拠に霧人さんはどこにも居ない。
だからボクは泥棒に向かって叫んだ。
『お前ら一体何者だ!
それは全部、霧人さんの物なんだから勝手に触るなよ!
ボクがこの家の留守を任されてるんだからとっとと出てけ!』とね。
でも泥棒たちは、ボクの言葉に耳も傾けない。
むしろ、ボクの事を『煩わしい』。とでも言うかのように、手で『シッシッ』と追い払ってくる。
───… どうしてボクの言葉が分からないの!
こんな時、ボクはいつもそう思う。
霧人さんの事は大好きだけど、彼にもボクの言葉はあまり通じない。
霧人さんの言っている事をボクは理解しようと努力するほどには、霧人さんはそうはしてくれない。
ボクは霧人さんに気に入られる為に、誉めてもらう為に、一生懸命、霧人さんの事を理解しようとしてるのに…。
ボクの願いを叶えるなんて、霧人さんにとっては造作もない事ばかりなのに…。
───… 一緒に遊んでくれませんか?
外にお散歩に行きたいです。
今日は雷が鳴りそうで怖いので、霧人さん、ずっと傍にいてください。
今日は寒いですね。一緒のベッドで寝させてもらえませんか?
今日の霧人さんは、具合が悪そうです。体調が悪いですよね?
ボクが一日傍に居ますから、今日は一日、お家で安静にしていてください。この程度の事ばかりだ。
その中で、相手に常に願いが通じるのは、ご飯下さい。と具合悪いんです。病院に連れて行ってはもらえませんか?という事くらいで、他は遊んでください。と散歩に連れて行ってください。という願いをたまに聞いてもらえるくらいだ。
そして、あまりにもボクの願いが通じすに、イライラが募って、いけないことだと分かっているのに、霧人さんを噛んでしまう時がある。
遊んでもらえるのが嬉しくて噛んでしまう事よりも、ボクのお願いを聞いてもらいたくて噛んでしまう事が多いのに、その後の霧人さんは、必ず冷たい目でボクを睨みつけて、怒りつけるんだ。
そんな時。
理不尽。という言葉を理解する。
そしてボクは大抵、自分の言葉を理解してもらえない歯痒さから、『我侭を言っているのはボクだけど、ボクの言葉を理解しようとしてくれない霧人さんだって悪いじゃないか』という思いを胸に秘めたまま、拗ねて、自分のお部屋に戻るんだ。
そしてあの日も、ボクの言葉は霧人さんには届かなかった。
2026年4月17日。
予感がしたんだ。
そして次に、どうしようもない不安で、胸が一杯になり、締め付けられるように苦しくなった。
だから、『行ってきます』と優しい笑顔で、僕の頭を同じように撫でてくれた霧人さんが、そのドアの向こうへ行ってしまわないように、瞬間的に服の裾に噛み付いたんだ。
『何のつもりですか?』
案の定、霧人さんは怒り、ボクに冷たい視線を向けてきたけど、ボクはそんなのお構い無しに、『家の中に戻って』と、霧人さんが向かう方向とは逆方向へ引っ張った。
『コラ!遅刻してしまうでしょう!離しなさい!』
ボクは霧人さんが、『ぶつよ!』と手を上げても、そんなこと気にもしないで引っ張った。
──… 叩かれたってかまわない。
霧人さんとこれからも一緒に居る為にソレが必要なら…。
だから行かないで!
悪い事が起こるから!
あのね。そのドアを霧人さんが出てしまったら、ボクと霧人さんはもう会えないような気がするんだ。
ううん。そこを出たが最後。霧人さんはボクを置いて、どこか遠くへ行っちゃうもん!
ヤダヤダ!一人になんてしないで!
ボクもう、コレを最後に霧人さんの事、噛まないから。
霧人さんがボクのお願いに気がついて、今日、お仕事休んでくれたら、これからは霧人さんの嫌がる事は一つもしない、良い子になるから!!
それら願いで胸をいっぱいにして、ウゥ〜ンと引っ張ると、『ビリ』と霧人さんの上着が破れてしまった。
それに対して霧人さんは、『ボォ〜ン〜ゴォ〜レェ〜』と、ボクの名前を恨みがましく呼んだけど、ボクはそんなの気にもしなかった。
ボクはその時、『勝った。今日こそは、霧人さんに、ボクのお願い、聞いてもらえたゾ!』と、ちょっとした優越感を覚えた。
そして、霧人さんも上着が破けては、仕事にいけない。と、お家の中に戻るその後ろ姿に、ボクはテトテトと着いて行く。
そして霧人さんは物の数秒で、別な上着に着替えると今度は。
『ボンゴレ。待て』
と、ボクに指示を出した。
ボクは霧人さんの『待て』に忠実だ。
後は『お手』と『お回り』と、『ボール』に『フリスビー』。
そして、『お留守番』。
特に『お留守番』は、ボクがこの家に置いて貰っている最大の理由だから、絶対破る事は許されない。
だから霧人さんがそのまま、リビングの扉を閉めて、家の外へ出て行ってしまっても、ボクはそこから動く事が出来なかった。
パタン。ガチャ、ガチャ。
その音を最後に、ボクは霧人さんの音を聞いていない。
アレから何日の時が過ぎたのかは、正直、分からない。
人間にとって、瞬きをしているような時間でも、ボクらにとっては一日分の時間が経っている事もあるから、ボクは人間の『何日』単位では時間を数えないようにしている。
それでいて、今までにないほどの長い時間を、一人で過ごしているのだけは理解していた。
そして、ボクの予感は当たったのだ。とも理解した。
それでも未練がましいボクは、霧人さんが帰ってきてくれる、ボクは捨てられたんじゃない。そう思いたくて、そして、どうしようもなく寂しくて、『会いたいよ』と、目を覚ます度に必ず鳴くのだけれど、ボクの声が部屋で響くばかりで、余計に寂しくさせた。
もう諦めなければダメだ。真実を受け入れなくちゃ。
ボクが我侭し放題だったから、霧人さんに嫌われて、捨てられてしまった。という、その事実を…。
『噛んだら痛いと言っているでしょう!』
そう、何度も怒られて、霧人さんに嫌がられてたのに…。
ボクが言う事をちっとも聞かないから、きっと、『お前の顔なんて見たくもない!』って、ボクだけ置いて、どこか遠くへ行っちゃったんだ。
だからあの時、行かないで。ってお願いしたのに。
もう、会えなくなるのはイヤだから。ってそうお願いしたのに…。
ボクの気持ちを無視して、家を出て行っちゃったりしたから、帰ってこないんでしょ。
そうか。
『帰ってここれない』ではなく、『帰ってこない』んだ。
だったらあの時にはもう、ボクを捨てて、ここには戻ってこないと決めていたんだから、聞き分けの良い子のフリをして、尻尾を振って『いってらっしゃい』とお見送りすれば良かったんだ。
なのにボクときたらバカだから、あんな我侭な態度を取って、霧人さんを困らせて、余計に嫌われるような事をして…。
あれではまるで、『捨てて下さい』って言ったような物じゃないか。
しかも、ボクが最後に見た霧人さんの顔は、最も嫌いな怒った顔だ。
こんな事なら優しく頭を撫でてくれた時の、あの笑顔が崩れるような事なんてしなきゃ良かったな。
ああ。そうか。コレが、罰が当たる。って事なのか…。
『寂しいよぉ〜。良い子にしますから、お願いですから霧人さん、帰ってきて下さい』
そう何度、泣いたか分からなくなった頃、霧人さんの弟の、響也さんがボクに会いに来てくれるようになった。
その時のボクの嬉しさが分かる?
それはもう、誰かが会いにきてくれたというだけで、その人に抱きついて、その顔を舐め回したいくらい嬉しかったさ。
しかも会いに来てくれた人が、どこか霧人さんと同じ香りのする、響也さんだったんだから、まさに胸が詰るような想いってヤツだったよ。
実はお腹は空いていなかったんだ。
霧人さんはお仕事で帰ってこない時もあったから、『ここにご飯があるからね』と、予め、どこにご飯があるのかを教えてくれていた。
だから、ご飯には困らなかったのだけれど、ずっと家の中に居たから、外へ遊びに行きたかった。
ボクは人間に犬と呼ばれる存在だけど、人間と一緒で外の世界が大好きで、お家の中だけでは退屈してしまう。
外でボールを思い切り追いかけたい、フリスビーと競争して空中でキャッチして、それが出来た事を、『上手だね。ボンゴレ』と、誉めてもらいたい。
そうそう。
ボク、響也さんのギターも聞きたい。って思ったんだ。
よく遊びに来ると、ギターを弾いて聞かせてくれるんだよ。
まあ、ボクのために…ではないけれど。
それでもボクは、響也さんの奏でるギターの音色がとても好きなんだ。
優しくて、心地良くて。あまりの心地良さに聞いているうちに眠くなるけれど、とっても素敵な音色なんだよ。
だから霧人さんの
『響也に噛み付いてはいけませんよ。
あの子の指にでも噛み付こうものなら、あの子は一生、ボンゴレを恨むでしょうね。
そして、ギターが弾けなくなり、一生を泣いて過ごすでしょう』
という言いつけを守り、響也さんの事は絶対噛まない。と決めている。
でも。今は。
響也さんに抱きついて、その顔を舐めまわして、『お願い!響也さんのギターを聞かせて』ってお願いしたいのだけど、また我侭を言って、『お行儀が悪いね。そんな子の顔なんてもう見たくもないよ』と、響也さんにまで見放されてしまったら。と思うと、ぞっとして、良い子を演じる為に、ちゃんとお座りをして、清ました顔をした。
でも、ボクの尻尾はとても正直だから、嬉しさを隠せずに、数分と待たずに、パタパタと動いてしまい、ボクはそれに気がついて、『ダメダメ』と我慢し、それを響也さんに気付かれて、笑われてしまった。
そして響也さんは、用事を済ませて『また、明日』という言葉を残すと、そのままここを去って行く。
そしてボクは、響也さんに嫌われたくない一心で、全ての願い事を我慢する。
でも。
相手が泥棒なら容赦はしないさ!
君達がボクの事を無視するって言うなら、ボクにも考えがあるぞ。
このお家でお世話になると決まった時に、ボクは霧人さんと約束をしたんだからね。
霧人さんがお家を留守にしている時は、ボクがこのお家を守る事。
そしてボクは、大人しく、霧人さんの帰りを待っている事。って。
だからボクの権限で君らを追い出してやる!
『ヴゥゥゥゥゥゥ〜』
と、ボクは喉を鳴らして、牙を見せ、『お前ら覚悟しろよ!』と威嚇するが、泥棒たちは相変らず、ボクに見向きもせずに黙々と荷物を持ち出していく。
よぉ〜し。お前らがそういう態度に出るのなら、ボクはこれ以上、霧人さんの荷物が盗まれないように、それらを守るだけさ。
そうだ。アレだ。アレならボクにだって何とかできる。
と、霧人さんのバックに狙いを定めて噛み付いて、僕はそれを取り戻すと、首を左右に振った。
そして、振っているうちに、バックの口が開き、中から霧人さんの洋服が辺りに散らばった。
『うわぁ!何するんだコイツ!』
と、その荷物を運び出そうとしていた泥棒が怒りつけるのも無視して、ボクは跳躍すると、二人で運び出そうとしている段ボール箱に飛び移る。
そして、その箱を持っていた二人は、元々の重さとボクの体重に耐えられなくなり、その箱を床へ落とした。
そしてボクは、その箱の中で微かに『パリン、パリン』と、何かが割れる音を聞いた。
『ああ!!中味を確認しないと!』
『確か中味は、ウェッジウッドとかロイヤルコペンハーゲンとかのアンティーク系の食器がほとんどだったよな!』
『うわぁぁぁ〜!割れてる!おい!コラ!!!!
誰かその、狂犬レトリバーを大人しくさせろ!!』
と、泥棒たちはそこで、ボクの脅威に初めて気がついたようだ。
それにしてもボクが狂犬だって?
ボクは別に悪い事なんてしてないじゃないか!
人の物を勝手に持ち出す奴の方が悪いのに、まったく、なんて失礼な連中だ!
ボクはそれで更に不機嫌となり、奴らを低い姿勢から睨みつけると、『グルゥゥゥゥゥ〜!』と唸り声をあげる。
そして、ボクの睨みに恐れおののき、泥棒たちは一歩後退りしてから口を開く。
『ってか。おい。ゴールデンレトリバーって温厚な犬だろ。
こんな鬼みたいな形相すんのか?』
『般若の面みたいな顔してる所を見ると、俺らに対して怒ってんの?』
『うわ!レトリバーのこんな極悪なツラ、初めて見たよ。
やっぱり、ペットは飼い主に似るって本当なんだな』
『本当。オレもあの人には、見た目で騙されたよ。
ガリューのお兄さんってのもあって』
そこでボクの怒りが臨界点に達した。
ボクが貶されるのは百歩譲って許してやっても良い。
でも、霧人さんを貶すような事を言うヤツは絶対許せない!
お前か!?さっき、霧人さんを貶したのは、お前だな!
絶対許さないぞ!狂犬って言われたって構わないから、お前に噛み付いてやる!と、警告の意味も込めて『ガウガウ!』と吼えてから、先程よりも体勢を低くし、いつでも飛びかかれるんだぞ。という姿勢を取る。
そして、まさに今飛びかかろうと、利き足に力を込めた、その瞬間。
カチャリ。
鉄が擦れる、乾いた音を立てドアが開くと、そこから『アレ?』と聞きなれた声と共に、『みなさん、どうかしましたか?』と、響也さんがキョトンとした表情で、部屋に姿を現した。
ボクはボクで、アレ?この泥棒達は、響也さんの知り合いなの?
と思い、ちょっとパニックになったけど、すぐに表情を戻すなんて出来ない。
『そもそも、この部屋の散らかりようは一体』
『あの犬が』
そう言って泥棒達がボクを一斉に指差した。
なんて事だ。
奴らはボクに責任の全てを擦り付ける気だ。
いや。待てよ。
彼ら響也さんの知り合いみたいだし、ボクが知らなかっただけなら、悪者にされても仕方がないのかな?
でも、ボクは何も聞いていないし、響也さんの知り合いだったら、最初からそう言ってくれれば…。
それとも、『貴方たちはどちら様ですか?』って、尋ねなかったボクが悪いの?
でも、君達。ボクの言葉に全然、耳を貸さなかったじゃないか…。
でも待てよ。今、問題なのはそんな事じゃなくて。
響也さんの知り合いなのに、知らなかったとは言え、乱暴を働いてしまった。
…という事だ…。
つまり、それが意味する所は…。
ボクは響也さんからも見放されてしまう。
その事実に気がついて、ボクは凄く焦った。
この焦りようは、霧人さんが帰ってこなくなったあの日と同じくらいだ。
どうするべきか分からずに、あうあう。とボクが喘いでいると、『ああ』と、響也さんは何事かに気が付いて、ボクに近づいて来て、『ごめんね。ボンゴレ』。と、ボクと同じ目線で優しく語りかけてから、頭を撫でてくれた。
どうして響也さんが謝るの?
ボクが目でそう尋ねると、響也さんは答えてくれた。
『ボンゴレは、引越し屋さんを泥棒と勘違いしたんだね。
ぼくが説明を怠ったばっかりに、嫌な思いをさせてごめんよ』
そう言って更にボクの頭や首に背中を優しく撫でて、同じように響也さんは微笑んだのだけど、その目はとても悲しそうだった。
ぺロリ。
嫌がられるかも…。と、危惧しながらも、今にも泣き出しそうな響也さんの目尻を、ボクは舐めた。
そして、『元気を出して』と、願いを込めて、響也さんの頬を数回舐めると、彼はまた、ボクの頭を撫でながら言う。
『ボンゴレは本当に賢い子だね。
ぼくを心配してくれているのかい?
でも、もう大丈夫だから。安心して。
もう、アニキは戻ってこないけど、ボンゴレの事はぼくが面倒を見るから』
そして彼は、ボクを優しく抱きしめてくれた。
ボクは…と言えば。
やっぱり霧人さんに捨てられてしまったのだ。と、そう理解して、悲しくて、寂しくて。思わず、『ウェ〜ン(クゥ〜ン)』と鼻を鳴らしてしまった。
そのボクの悲しげな音に、響也さんは、
『あ。勘違いしないで、ボンゴレ。
アニキは、ボンゴレと離れたくなかったのだけど、どうしても君の傍に居ては、片付けられない仕事が出来たんだ。
そこにはボンゴレを連れて行けないんだ。だからごめんね。
ぼくら人間の都合だけで、君に選ぶ権利を与えずに、ぼくと一緒に住んでもらう事を決めたんだけど…。
良いかな?ボンゴレ…』
と、霧人さんの事情を教えてくれた。
そして、その言葉は、気休めではなく、彼が本当にそう思って言ってくれている言葉だった。
そこで改めて、霧人さんにはもう会えないんだ。という悲しさが込み上げてきたけれど、でも、響也さんと今日から一緒に生活出来るんだ。
もう一人じゃないんだ。と、そう思うと嬉しくなって、つい、嫌われる事など考えずに、彼を押し倒して、尻尾をブンブン振り回し、その顔に頬を寄せて、そして、舐めまわした。
『コラ。ボンゴレ、くすぐったいよ。
ごめんごめん。ずっと一人で寂しかったんだね。
引越しがすんだら、公園で思いっきり遊んであげるから、終るまでの間、大人しくしてるんだよ』
そう言われ、ボクは『ワン!(ハイ!)』と元気良く答えた。
あの日以来。
ボクは響也さんのお家でお世話になっている。
響也さんは霧人さんと違って、遊び好きで、僕と一緒によく遊んでくれるし、ボクの言葉を理解しようとしてくれる。
だから、霧人さんに会えないのは寂しいけど、ボクは元気にやっていられる。
そして今は、また置いてけぼりにされるのはイヤだから、我侭は言わずに居る。
そして、響也さんから与えられた仕事をボクは忠実にこなす毎日を送っている。
響也さんがボクに与えてくれた仕事は。
その一、響也さん家の留守番。
(コレは霧人さん家でお世話になっていた頃と一緒だね。だからボクの得意分野だよ)
その二、響也さんが家に帰ってきた時には、元気に『お帰りなさい』と出迎える。
(コレも霧人さん家でお世話になっていたときと同じだ)
その三、響也さんが疲れている時は、なるべく傍に居る。
(何でもボクが傍に居るだけで、『癒される』んだって。
その証拠かな?疲れきってる時は、ボクを枕代わりに寝ちゃう事もあるんだよ)
その四、響也さんの朝のジョギングに付き合う事。
(ボクはお散歩だと思っているから、むしろ嬉しいくらいだ)。
その五、響也邸マスコットとして、お家に来るお客様には常に愛想を振り、元気にお迎えをする。
(ボクは人間大好きだから、お客様も大好きだよ。それに、お家に遊びに来る人は、たいてい響也さんの大好きな人なんだからその人達に嫌な思いをさせちゃダメだよね)
そして今日もボクは、響也さんの与えてくれた仕事の一つ、彼の疲れを癒すために、
『ねえ、ボンゴレ。聞いておくれよ。
ぼくの部下の刑事さんが、ぼくの事なんてどうでも良い。というような口振りでね…』
と、響也さんがグチグチ、一日の不満を口にしだしても、大人しく彼の話に耳を傾ける。
そう言えば、愚痴なんて霧人さんは、一言も口にはしなかったな。
ボクに言った所でどうしようもない。ってそう思っていたのかな?
それとも、霧人さんは、ボクのパパでお兄さんだから、ボクに愚痴るのはカッコ悪いって思っていたのかな?
そんな事を考えると、ボクは全然、霧人さんの事を全く理解していなかったんだと分かり、自分の言い分だけを理解してもらおうだなんて、ずいぶん我侭な事を思っていたもんだなと苦笑を零す。
そして響也さんはそれに気がついて、
『わ!ボンゴレごめんネ。つまらなかった?
それとも苦痛?
こんな話ばかり聞かせたらストレスで禿げちゃうかな。
そ、そうだ!ぼくの愚痴を聞いてもらったお礼に、ギターを弾いてあげるよ!
え〜と曲は“ラブラブ・ギルティー”のアコースティックバージョンで良いかい?』
と勘違いをしてボクのためにギターを弾いてくれる。
だから本当は気にしてないし、ストレスも感じてはいないのだけど、愚痴の途中でワザと欠伸などをする時がある。
響也さんのギターの音色に耳を傾け、心地よい眠りに誘われた夢の中のボクは、いつも霧人さんへ手紙を書いている。
その内容はこんな感じだ。
霧人さんに会えなくなって、ボクはとっても寂しいけど、それ以上に響也さんが僕を気遣ってくれるのでとても幸せです。
ボクの人生の中で、あなたのペットとして飼われた事が、最も幸せな事です。
響也さんは『もう会えない』と言ったけれど、ボクはまだ、霧人さんが帰ってきてくれる、と信じています。
だからその時は、いつものように優しい笑顔で、『ただいま、ボンゴレ』と言って、ボクを抱きしめてください。と。
夢の中で書くこの手紙は、あなたの元には届かない。
でも、この気持ちがあなたに届いていると信じているから。
だからあなたと交わした
『霧人さんがお家を留守にしている時は、ボクがこのお家を守る事。
そしてボクは、大人しく、霧人さんの帰りを待っている事』
その約束を今でも守っています。
もう、霧人さんと一緒に住んでいたあの家には住んでいませんが、あなたのお家を守るという事は、あなたの帰る場所を守るという事だと、ボクはそう理解しているから。
だからいつか、ボクに、『お帰りなさい』と言わせてください。
そしてボクが我侭だった事をあなたに謝らせてください。
だからあなたの帰ってきた場所にボクがいても、気分を悪くして無視したりなんてしないで下さいね。
約束して…くださると…ボクとしては嬉しいです。