視界が歪む。
もう限界は近い。
茜は自身でその事に気付きつつも、目の前の響也を睨み付けていた。


『まだ倒れるわけにはいかないわ!
 目の前に、まだ敵がいるもの!
 そう、牙琉 響也は私の最大の敵!!』


「そんな言葉が当てはまりそうな目で、茜さん、ガリュー検事を睨んでますよ」
「そうだろうね。牙琉検事を説得できなければ、趣味の科学捜査どころか、本職の通常捜査すらやらせてもらえないわけだから…」
過去の話を聞き終えた法介は、胸中で「可愛そうな牙琉検事」
と同情していた。
牙琉先生。
本当に人当たりは─表面上だけど─良かったからな。
茜さんも、あの人当たりの良さに言いくるめられたのかも…。


一方、膠着状態に陥っていた二人は、「…しょうがない…」降参だよ。
とばかりに響也が肩を竦めて見せた事で、少なからずの進展を見せていた。
「刑事くんは、新たに入手したその試薬を試したいんだね。
 じゃあさ、試して良いよそれ」
更に、本気で諦めたと言わんばかりに、はぁ〜。と盛大な溜息を吐き捨てた響也に、茜は鬼の首を討ち取った。と言わんばかりにバンザーイ!と喜び勇むと、「じゃあ」と、彼の脇をすり抜け、その背後にある棚を調べようと歩き出す。そうした矢先、彼女は不意に、浮遊感を覚えた。


「!?」
茜は何が起こったのか理解できずに、周囲を見回し、下を見ると、響也の柔らかな金髪を確かめて、自分が彼に担ぎ上げられている事に気付き、「どうして!」と声を荒げた。
「どうしても何も。病院にいくよ」
「検事の嘘つき!!
 この試薬試させてくれるって言ったじゃない!!」
騙された事に気がついた茜は、涙声で抗議する。
まるで子供のような彼女の姿に、愛らしさすら覚えたが、響也は心を鬼にして言う。
「それはまた別な機会に出来るけど、今の病状の君を、強制的に病院へ連れて行けるのは、今しかないからね…」
「あー!!嘘ついた!!この人、検事のクセに嘘ついたよ!!
 こらそこの弁護士!!私の弁護しなさいよ!!この人を偽証罪で訴えてやるんだから!!」
茜はジタバタと暴れながら、法介の姿を見つけると、彼に向かってそう叫んだ。
いきなり名指しされ、響也に射抜くような視線で睨まれては、
「お医者さんに診てもらった方がいいですよ。
 今回の風邪は甘く見てると、酷くなる一方だそうですから」
と、震える声で告げた。
「そうなの?」
甘えたような口調で、誰に、というわけでもなく尋ねたが、響也は自分が答えたい衝動を堪えて、法介の方へ視線を向けた。
そう、自分が法介の言葉尻に乗り、「だから病院に行こう」などと口にすれば、再び、梃子でもいかないとごねる姿が容易に想像ができた。
「………はい。
 結構、新聞やテレビでも、インフルエンザ並みにしつこいと言ってましたよ」
「ふ〜ん。そうなんだ」と言った瞬間、茜は暴れるのを止めた。
そしてその彼女の思考が、再び回り出す前に、響也は法介の隣にいた刑事に、二言三言指示を出し、目線で法介に礼を言うと、茜を担いだままでその場を後にした。


「茜さんって鈍感なのかな?」
法介は、響也達が立ち去った後、そうポツリと呟いた。
彼のあの態度は、彼女が好きとしか思えない。
それともそれは、自分が第三者だから、気がついたのだろうか。
イヤあれか?見抜ける力のおかげか?
などと考えたが、見抜かなくても、あの態度なら、大体想像はつくよな。と、改めて考え直す。
渋い顔をして、そんな甘酸っぱい事を考えている法介に、みぬきは言う。
「ガリュー検事がはっきり言わないから、気がついてもらえないんですよ。それに…」
「それに?」
「茜さんの、ガリュー検事に向ける"嫌い"って言葉は、"イヤよイヤよも好きのうち"って、感じに聞こえるんですよね。みぬきには」
みぬきに─まだ14歳だけど─、そんな事を言われ、法介も何となく、「ああ」と同意する。
その二人に、先ほど話を聞かせてくれた刑事が、再び声をかけてくる。
「あの二人が喧嘩を始めたら、誰も口を挟まない事にしてるんだよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって?だってほら昔から言うだろ。
 夫婦喧嘩は犬も食わないって。
 それくらい周囲に居る人間にはくだらない上に、中てられるから、口を挟むモンじゃないってね」
法介はそれにも、「ああ」と、納得しつつ、あの二人は夫婦でもなければ、恋人ですらないですけどね。と内心でささやかなツッコミを入れた。




2007.05/21・UP
2007.06/05・PC用改定
2007.08/07・Mobile用修正


あとがき


思っていたよりも長い話になってしまいました。
真野に、「響也と茜の話を書いてよ!甘いの」と、漠然としたテーマをもらい書いた一品です。
甘いかどうかは別にしても、熱の所為で子供帰りしている茜さんと、それを説得できずにジレンマで悩む響也は書いていて楽しかったです。
ちなみに霧人が出て来てるのは、作者の趣味です。
(ただ単に、響也と茜の二人に霧人を絡ませて、響也にやきもきさせたかっただけなのですが、上手く表現しきれてなくてすみません)


悠梛 翼




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