「昔、アメリカに住んでいた頃、知り合った画商が居てね。
 君の話をしたら、『君さえ良ければ是非、働いてもらえないだろうか』
 と、そう言われたよ。
 そこではもちろん。
 君は描きたい絵を自由に描いていいし、贋作の話もしたら、絵画の修復作業も出来るだろうと、笑っていたよ」

 そこで響也は、一旦言葉を区切る。

─…このくらいしか、ぼくらが君にした事に対して、詫びる方法が思いつかない。

 いっその事、そう口にしてしまおうかとも思ったが、それは自分の責任から投げ出す事になるように思えて、彼は口をつぐんだ。

 変わりに「どうする?」とだけ訊ねる。

「そんなに…そんなにしてもらって…良いんですか?」
「ああ。良いよ。
 じゃあ、それが了解の返事と取って、先方に連絡しておくよ。
 あと、飛行機のチケットとかは、退院の日取りがハッキリしてから、こちらで手配して君へ届ける事にするから…」

 そう言って立ち去ろうとする響也の背中に、「あの!」と、まことが声をかける。
 それに響也は足を止めると、振り返り「何?」と、問いかける顔をする。

「本当にありがとうございました」

 蕩けそうなほどの、輝かしい満面の笑みを浮かべた彼女に、響也も自然といつもの笑顔を取り戻す。

 先ほどまでのどこか陰りが見える、悲しげな物ではなく、心からの笑顔を見て、まことは胸を撫で下ろし、彼こそ本当の天使なのではないだろうか。と彼女は思う。

 そして、付け加えるように言う。

「…あの…お仕事…止めないでくださいね。検事さん」

 そう言われた響也は、一瞬の間を置いて、「もちろんだよ」と、返答する。
 そして「じゃあね」という言葉を残して、病室を後にした。
 病室を出た後、響也はしばらくその扉の前で固まっていた。

 見透かされた。

 そう感じるほど、彼女の指摘は的を射ていた。

 正直、ここ最近扱った事件は、精神的に疲労感を覚える物ばかりで、辛いの一言しか頭に浮かばなかった。

 この仕事の後、バンド活動も検事の仕事も全てを投げ出したいとさえ思ったが、自分に何が出来るかと問いかければ、検事の仕事しかないと、そう考えを改めた。

 でも、改めて尚、迷いはあった。

 真実を知りたいと願いながら、彼は身内の嘘には気付けなかった。
 そんな自分が、検事を続けていけるのかと、自問自答し続けているのが現状だ。

「やっぱり。バンドを辞めるしかないよなぁ〜…」

 先日、ブログで“ガリューウェーブは解散します”
 と言う旨を発表したのだが、どうやら凄い事になっているらしい。と耳にして、どうするかと少し悩んでいたのだが。

 しかし彼はまだ、自分が行かなければいけない場所がある事に気がついて、その事について考えるのは後回しにしようと、思考を切り替えた。

 まあ、こちらの方も「行かなければ」と、思いつつ、伸ばし伸ばしになっていた場所なのだが。

 そうして「よし」と口の中で呟くと、響也はその足を、成歩堂なんでも事務所へと向けていた。



天使の舞い降りた日

2007.07.05


あとがき

個人的にまこと→響也というCPが好きな悠梛 翼です。
(あとはまこと→霧人)

響也はああ見えて、根が真面目で折り目正しい子だと思うので、あの事件の後、兄が迷惑をかけた人達に、いちいち「ごめんなさい」と、お詫びをしに行ったんじゃないかな?と。

まあ、少なくともまことの見舞いには必ず行くと思うので、行ったついでに、「ごめん」と謝っただろうなと勝手に想像したのですが。

そして、まこと→霧人にしても、まことは霧人の事が好きなんじゃなかろうか。と感じたので、勝手に初恋の相手設定です。

付け加えると、成歩堂なんでも事務所での響也のやりとりも、別なお話、別な短編として楽しんでいただけるよう書きました。
(実はそちらの方が少し長いです)
そちらも読んでいただければ幸いです。

悠梛 翼





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