※ネタバレがあります。
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自分が手にした書類が、思いの外重かった。
どうしてこれを彼に提出しなければいけないのかと、そればかりを考える。


自分の大切な身内が犯罪者となってしまう、その痛みがよく分かるだけに、この書類は特に重く感じられた。



───…この書類を手にした時、彼は一体、どのような顔をするのだろう。



そんな事を考えながらも、『牙琉』と名の記されている執務室の前に来た茜は、思考を切り替えるためと、勇気を振り絞るために、そこで一息、深呼吸をしてから、意を決したように、ドアをノックした。


コンコン。


執務室内に響いている事が、こちら側からでも分かるほどの強さでノックをしたが、しばらく待っても何の返答もなかった。


居ないのか?と訝りながらも、再度、コンコンコン。とノックをするが、相変らず返答は無く、不審に思いつつも、ドアノブに触れてみる。
するとそれは、あっさりと回り、無用心だとは思いつつも、「失礼します、牙琉検事は居ますか?」と声をかけながら、彼女は扉を開けた。


室内の電気は全て消されていたが、不必要にライトアップされている街の明かりと、備え付けられている大型液晶ディスプレイの明かりで、この部屋の主が、窓際に備え付けられた、ダイニングチェアで一心地ついている姿を確認する。


サングラスをかけ、ヘッドホンをつけたその姿は、自分の世界に浸っているのだろう。
折角、ガラにもなく彼を心配していたというのに、その彼の姿を見て興ざめした。


パチン。


怒りがこみ上げてくると共に、電気のスイッチを押すと、自分の世界へと旅立っていた彼の思考も、さすがに現実へと戻されたらしい。
彼は戸惑いつつも、こう声をかけてきた。


「………ああ。なんだ。
刑事くん、来てたのか…」
「なんですかその言い草は。
そりゃ、来ますよ。
一応、名ばかりとは言え、今回の事件も、私が現場責任者なんですから。
報告書を担当検事に持ってくるのは、当然でしょ!」
「まぁ、そうだよね。すまないね。
新しい曲のイメージを追っていたら、君が報告書を持ってくるかもしれないという、その事実を失念していたよ。
報告書はその机の上に上げておいてくれるかな?
明日までにチェックを済ませて、まとめておくから。
それじゃあ、遅くまでご苦労様」


そこで茜は、今日の彼は、いつになくナーバスになっていると、改めて気がついた。
普段なら、そんな事を言いつつ、どんなに忙しくとも、チェアーから立ち上がり、自分でこの書類を取りに来るはずだ。
なのに、今日の彼は、その場を動こうとはしない。


茜はそれに気がついて、「失礼します」という言葉を残し、退室しようとした際に、電気のスイッチへと目を止める。


「…電気」
「ん?」


まだ何か用?とばかりに、その言葉だけを返した彼に、茜は視線を向けると、言葉を続けた。


「消しておきますね」
「……………………」


断定された言葉に、響也からの返答はない。
そして茜は、ふと、この部屋に纏わる事を思い出し、それとなく部屋を見回すために、廊下へ出かけていた足を止める。
それは思い出よりも、、響也の様子が本当におかしいので、少し心配になり、そのまま帰るのが躊躇われての行動だ。


相変らずコチャコチャと、整理もせずに物が置かれ、唯一整頓されている箇所と言えば、彼が恋人と言って止まない、ガラス張りのギターケースにしまわれた、ギター達くらいの物だ。
昔はもっと、法律の専門書や扱った案件の書類などが、所狭しと並べられていた部屋だったのに…。
部屋の主が変わると、こうも雰囲気は変わるのか…。
と思わず溜息をつきたくなったが、それを堪えて茜は口を開いた。


「…あなたのジャラジャラした趣味の所為で、面影は残っていませんが…。
この部屋は一時期、私の姉が使っていた事があるんです…」
「……宝月 巴元・主席検事だね。
噂だけならぼくも耳にしたことがあるよ。
まあ、ぼくが検事になった頃には、諸事情により、勇退された後だったけど…」


話の切り出し方を間違えて、茜は自分を呪いたくなった。
どうして、これから励まそうとしている相手に、自分の方が気を遣われなければならないのだろう。


「気を使わなくて結構です。
軽かろうが重かろうが、姉が罪を犯した事に、変わりはありませんし、その責任を取って、検事局を去らなければいけなかった事も、事実ですから…」
「………」




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