響也はその言葉にも、何も返答せずに無言で返した。 「ウチは両親を早くに亡くして、私にとって家族と呼べる人間は、お姉ちゃんしか居ませんでしたから…だから…。 やっと茜が何を語ろうとしていたのか理解した響也は、そこで彼女の話を遮ると、相変らずチェアーに腰掛けたまま彼女に向き直り、そして続ける。 「それはつまり。 茜の言葉に、響也は盛大な溜息を吐き捨てると、ヤレヤレとばかりにこう続けた。 「悪いけど…。 そこで響也は、一息つくと、茜から視線を反らし、窓の下に広がる、ネオンに染まった町を見つめつつ、「それに…」と、前置きした後に、語り出した。 「アニキの事は…しょうがない…と、割り切っているから。 どうしてこの人は。 案の定、聴いているはずの音楽は流れていない。 その代りに、「はぁ〜」と、再び、盛大な溜息をつくと、「さすがのあなたも、兄と親友が立て続けに犯罪者となってしまっては、落ち込まないわけはないですよね…」 「うっ…。勘は鋭いよね、刑事クンは…」 そう返した瞬間、茜はある事に気がついて、 しかし、響也はそれに対して、何の返答も用意していないらしい。 「つまり、この程度の切り返しにすら、笑顔を浮かべて、嫌味の一つも返せないほどに、落ち込んでいるってワケですね」 冷ややかな声で、そう告げた茜に対し、響也は少しムキになって返す。 「う…うるさいな。ぼくだって若者らしく、悩む事だってあるんだよ。 まっすぐと目を見て、茜が正直にそう告げたのに、響也は再び、グ。と息を飲み込むと、そのまま苦々しげに告げた。 「君は本当に、言い辛い事をハッキリ言うね。 茜はその言葉をまんま受け止めて、こんなヤツの心配などしてやるのではなかったと、言わんばかりの口調で返す。
普段の彼なら、この辺りで、茜が何を話そうとしているのか気がついたのだろうが、今日はそれを察するほどのゆとりはないらしい。
茜は、その彼の心情を、自分の経験において理解し、無意識に唇を噛み締め、そして先を続けた。
お姉ちゃんが捕まった時には、心臓が凍るような想いでした。
当時はまだ高校生で、子供だったし…それに───…」
「ストーップ!」
「?」
今回の事を君なりに慰めくれていると、理解してもいいのかな?」
「…まあ、そうですね」
そんな辛そうな顔で、女性に自分の過去を語られても、ぼくには何の慰めにもならないよ。
むしろその方が、ぼくにとっては気落ちする」
ぼくは検事だからね。
身内と言えども、犯罪者を黙認するわけにはいかない…」
「……………」
思った瞬間、腹が立った。
いつもなら、どうでもいいような事ですら、グチグチと言っているはずなのに、本当の傷を隠そうとするから腹が立つ。
どうしてこんな時でも、「カッコイイ自分」を装うとするのだろう。
もう少し、自分が弱い人間だと認めればいいのに、と思った瞬間、言いようのない怒りがこみ上げてくる。
このまま帰ってやろうか。とも思ったが、このままでは気が治まらないとばかりに、彼女は彼の荒を探すように、再度、部屋の中へを見回して、聞いているはずのオーディオの電源が入っていない事に気がついた。
その事で自分の直感が正しいと気がつくと、何をこの場で取繕い、あまつさえ、強がろうとしているのか。と、呆れて溜息を吐き捨てた。
そして、怒りと共に、ヅカヅカと部屋の中へと足を踏み入れ、「来るな!」と静止しようとする、響也の言葉も無視して、茜は彼の前に、仁王立ちになると、ヘッドホンをひったくった。
そして、サングラスの下に隠されている目を確認すると、それはひったくらないでやろうと決めた。
涙の後を確認したから。
そう、見下ろす形で彼へ告げる。
「ええ。おかげさまで…」
「そういう時は、勘"は"じゃなくて、勘"も"という使い方が、正しい用途ですよ!」
と、速攻でツッコミを入れた。
確かに法廷では、担当検事だった事もあって、あまり悩んでいる時間は無かったから、自分には似合わないと言って、悩む事を放棄したけどね」
「そうですね。正直あの時の検事は、カッコイイと思いましたよ。
あなたの事が大嫌いな私でも」
自慢じゃないけど、ぼくに対して面と向かって、"大嫌い"なんて事を口にしたのは、男でも女でも、君が初めてだよ」
「軽く自慢しますか、この状況で…」
それに対し響也は、落とすように、寂しげな笑みと、諦めたような表情をすると、安心したような声音で告げる。