「…自慢じゃないよ。 つい。 気落ちしていたのは、兄の事や、親友の事を気に病んでばかりではなく、その事で自分の揚げ足を取ろうとしている輩が、上辺だけの言葉を投げかけてくる事に対し、それ以上の心労を感じていたためだ。 ───…本心を語る口を持たないのなら、いっそ、放っておいてくれた方が、気が楽だというのに…。 そして茜も、何かを思い出し、「ああ」と同意した上で、言葉を続ける。 「こういう状況になったら、"君とお兄さんは違うわけだから"とか、"私は何があっても、君の事を信じているから…"とか、慰めにもならない、愚にも足らない言葉を駆使して、おべんちゃらを使う輩が、結構、居ますもんね」 鋭い所を突いて来た彼女に、響也は苦笑いを浮かべると、 「だから私は、既に経験済みなんですよ。 最初に話が戻り、響也が口を噤んでしまった。 彼も、宝月 巴の名前は知っているし、彼女がかかわり、そして、検事局を去らなければいけなかった事件の事も、少しは聞きかじっていた。 「自分が信じていた全ての事が、足元から崩れ去り、不安で胸が一杯で、何もかもが信じられなくなって、世界の全てが敵かもしれないと、疑心暗鬼にもなって…。 そこまで一息に言った後、茜は彼の瞳を見つめて告げる。 「でも、あなたには…それすらもないわけでしょ」 彼女にとっての救いは、それ以外にも、あの事件を通し、素晴しい人間二人と出会うという、またとない機会に恵まれたが、響也にはそれすらない。 そして投げかけられた言葉に、響也も「…そうだね」と肯定する。 「アニキは間違いなく犯罪者だ。 なんとなく見えていて、目を伏せた真実が重い。 だからこそ、目を伏せ、深く息を吸い込んで、ゆっくり10、カウントしなければ、それを口に出来なかったのだ。 「人一人の人生を、大きく狂わせた。 兄の罪を被ろうと言う気も無ければ、共有しようなどとも思わない。 あそこまで、成歩堂を貶していながらも、彼の親友となっていた、兄の矛盾に気付きながらも、それを訊ねようともしなかった事もあり…。 「…全権と…きましたか」 意外だといわんばかりの茜のその口調に、響也はサラリと返す。 「そうだよ。 あの法廷で、兄に向かい、「信じていたかった」と発したのは、響也の本心だ。 「…優しい人だったんだよ。 そう口にした瞬間、その中に苦味が広がる。
ただ…明け透けのない本心を、君が口にしてくれるから、つい嬉しくなっただけさ。
こんな状況でも君は、その場しのぎの気休めで、ぼくを慰めようとはしなかったから…」
それは本当に、”つい”、口をついて出てしまった本音だった。
「本当に君は…見透かしたように言うね」
と口にする。
お姉ちゃんの事件で」
「……………」
ただ、積極的に調べる気など起きずに、概要を知っている程度の知識しかないが…。
正直、全てを呪ってやりたくなった。
でも、私の中には、お姉ちゃんは絶対にやってない。
って、ゆるぎない信頼にも似た、感情があったから、だから救われた面もあったけど…」
人を二人殺しているし、もう一人、殺そうとした。
そして…────」
頭の片隅で、それがとても不自然だと気がついていながらも、納得させようとした日々を思い出す。
それを口にするのは、響也にとって、とても勇気のいる事だった。
まあ、この件に関して言えば、ぼくに全権の責任があるわけだけど…」
ただ、血が繋がっているというだけで、全面的に信用してしまった非は自分にあるのだし、そうなると、成歩堂の人生を狂わせた事について、自分が全権の責任を負うべきだと、そう解釈したまでの話だ。
頭の片隅に、常に何かが引っかかっていた。
あの七年前、初めて立った法廷。
ハッキリと理解していたわけじゃなかったけど、憮然としない物を感じていた。
段取りが良すぎたし、情報がもたらされた経緯も、不自然だと感じていた。
でも、それを漠然と感じながらも、疑おうともしなかった。
いや…違うな。
疑いたくなかったんだ。
アニキの事を…」
なぜなら彼の知る兄の姿は───。
信じてはもらえないかもしれないけど…。
年も離れてるし、それこそ離れて生活している時間の方が、長いくらいだけど…。
幼い頃、ぼくを庇って怪我を負ってくれた。
ぼくには、そのイメージしかなかったんだ。優しかった兄の…ね」
それはまさに悔しさだ。
それと共に、自分に対する怒りが込み上げてきて、響也は拳を握り締めた。