いきなり『ホットケーキを作れ』と命令され、最近では作らなくなったそれの材料が、果たしてあるかどうか疑問だったが、賞味期限ギリギリの、ホットケーキミックスを何とか見つけ出した。
 そして、もう一つの問題であるソースだが、普段そんな物は使わないので、蜂蜜もメープルシロップも切らしており、ホイップクリームや生クリームなどもあるわけがなく、漁った冷蔵庫の中には、無糖のヨーグルト、残り少なくなったブルベーリージャム、スタッフからバレンタインデーに貰い、そのまま食べるのを忘れていたチョコレート、マーガリンにバター、後は、キウイとプルーンとレーズンと缶詰のパイナップル。そのくらいがホットケーキのソース及び付け合せに使えるような材料だった。
 まあ、酒のつまみ用にと買い置きしていた、カシューナッツやアーモンドを入れても美味しいだろうが、それは晩酌用にとっておこうと決め、見なかった事にする。


 ホットケーキの生地を作り、出来上がると、フライパンと湯銭を用意する。
 そしてフライパンが暖まる間を利用して、ミルクパンを取り出すと、湯銭につけて、いつでもチョコレートを溶かせるように準備する。
 そして、フライパンが温まった頃合を計り、ホットケーキの元をフライパンへと流し込み、程好く焼けるまでの間に、チョコレートソース作りにかかる。
 そう言えば。
 溶けたチョコがダマにならないようにをかき混ぜながら、残り少なくなっているラム酒の存在を思い出し、それを手早く見つけ出すと、チョコレートに香付け程度に入れ、そしてレーズンをその中に投入する。
 チョコレートソースを作っている間にも、響也は器用に、ホットケーキを裏返したり、焼けた物を皿へ移したりと、要領よく動き、あっという間に、ホットケーキ八枚を焼き上げた。
 それと同時に、チョコレートソースも完成し、バターを小皿に盛り付けて、付け合せのフルーツも切ると、別の皿へと盛り付ける。


 弟が料理を作る姿を、食卓から新聞を読みつつ、傍観していた霧人の中で、言いようのない感情が込上げてくる。


────… 天才と称されるのは、いつも…。


「はい、アニキ出来たよ」
 響也は兄の前に、彼の分のホットケーキを置いてやると、自分もさっさと、対面する席に座る。
「でも本当にいいの?夕飯がホットケーキで…」
「ええ。昼食を少し食べ過ぎましたから、夕食は軽く済ませたかったのです」
「ふ〜ん」
 響也はそうとだけ返すと、「じゃあ、どうぞ」と、先に兄が食べるように勧めた。
 それに霧人は答えるように、ナイフとフォークを手に取ると、優雅にそれらを扱い一口サイズに切り分けてから、それにチョコレートソースをかけて口へと運ぶ。
「…美味しい」
 満足そうに告げた兄の言葉に、胸をなでおろすと同時に、響也は満面の笑みを浮かべ、自分もチョコレートソースをホットケーキの一枚にかけると、ナイフとフォークを手に取り、八等分して口へと運ぶ。


 几帳面な兄は、極力、汚す物が少ないようにと、上品に食べようとするのに対し、奔放な弟は、その時の気分で、好きなように食べる。
 同じ親から生まれた兄弟であっても、根本的な所は常に違った。


 弁護士と検事。
 それぞれが選んだ道も、それを顕著に表しているように思える。



─────… 何故、検事になりたいのですか?



 中学3年の春に、思い立ったように海外への留学を決めた弟は、反対する両親(特に母親)に向かい、
「ぼくは、一日でも早く検事になりたいんだ!
 だからお願いです。留学させてください。
 生活費は自分でバイトをして稼ぎますから、学費だけは援助してください。お願いします」
 と土下座までした。
 その姿に、父親は彼が本気なのだと納得した上でそれを許し、まだ渋る母を何とか説得した。
 そして、リビングに戻ってきた彼に、自分は尋ねたのだ。
「何故、検事になりたいのですか?」
 その問いかけに響也は一瞬、いたずらを見つかった子供のような表情を浮かべたが、次には、ちょっと困ったような笑みを浮かべ、そうして告げた。
「理由は、そうだね。簡単な話だよ。真実を知りたいからさ。
 アニキが昔、教えてくれたろ?
 "真実を知らないのは恐ろしい事だ"って。
 だから、真実に最も近い場所に身をおきたいな。と思っただけの話だよ」
「じゃあ、弁護士でも、刑事でも。検事じゃなくとも良いじゃないですか」
 読んでいた六法全書を伏せて、苛立ちを抑えながらそう告げると、弟は、更に困ったような表情を浮かべ、悲しげに告げる。
「…他の人ならそれでも良いんだろうけど、検事じゃないと意味がないんだ。
ぼくにとっては…ね」
 そう言うと響也は、それ以上質問攻めにあうのがイヤなのか、逃げるように自分の部屋へと消えていった。



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