※ネタバレがあります。 ───── ほんのちょっと、あと少し。
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0.5mmが、どうしても詰める事のできない距離。
■■ 0.5 ■■
いつの間にか日課になってしまった、暇を見つけては、"成歩堂なんでも事務所"に立ち寄るというこの行為に、改めて自分は何をしているのか、と問いかけたくなる。
執念深く監視し続けるくらいなら、成歩堂とその娘を、貧乏を苦にして失踪したと見せかけて、殺してしまう方がよほどラクなのに…と、それが分かっていても、友人を演じ、成歩堂の所へ毎日、足を運んでいる。
───… どうしても、あと、0.5mmの距離が、越えられない。
小指の爪先程度のその距離が、自分にとっては、とても長く思えた。
手を伸ばせば、少し身を近づければ、その程度の距離はすぐに詰めれる距離なのに、何故かそれが果てしなく遠く感じ、ずるずると今日まで来ていた。
そして、本当に殺したいと思っている相手が、なかなか死なないと焦れる反面、胸を撫で下ろしている自分が居る事に気がついて、その矛盾に苛立ちを覚えるのも、今では日常生活の一部となりつつある。
「あ。牙琉弁護士さん、いらっしゃい!」
まだ幼い友人の娘が、キッチンで何かを作りながら、元気良く、そう歓迎してくれた。
「パパは今。ねぎと生姜を買いに行って、留守にしてますけど、もう少しで帰ってくると思います。」
「ねぎと生姜?」
「うん。今日のお昼は、みぬき特性のそうめんなの」
そう言って、コンロにかけている鍋を見せようと、踏み台代わりに使っている椅子の上で半身を引き、そして、「そうだ!」と、何かを思いついたらしく手を叩く。
「牙琉弁護士さんも───」
────… 一緒に食べますか?
そう口にしようとした瞬間、みぬきがバランスを崩し、椅子から床へと落ちそうになる。
そして───。
床に激突する直前、誰かの腕に抱きとめられた。
自分の中に、少女の温もりがある。
この温もりを今、この手で、この指で…。
奪うのは容易い事だ。
0.5mmという、短いようで長い距離も、今ならゼロ。
抱きしめた腕を解き、その手をこの細い首に掛けたなら────…。
「………牙琉弁護士さん?」
名前を呼ばれ、霧人は我に返る。
そして────…。
── 自分は今、何を考えていた?
───… 自分は今、何をしようとした?
────… 自分はなぜ、彼女を助けた?
そんなくだらない、自問自答をした果てに、目眩と共に、吐き気を覚えた。
最近では、自分自身でも、己の事が分からなくなる。
一体いつから、プライドのためだけに、彼らや弟まで利用して、そして、殺してしまおう、などと考える人間になってしまったのか───。
キキ〜。と扉が乾いた音と共に開くと、「ただいま〜」と、気の抜けた声が事務所内に響き、そこで霧人の思考が、再び現実世界へと戻された。
「ガ…牙琉……」
成歩堂は、自分の娘と友人の姿を見て、一瞬うろたえてから、言葉を続ける。
「みぬきはまだ、嫁にやらないからな!」
相変らず、バカな男ですね。とは胸中のみで呟いて、その事で呆れ果て、言葉の出なくなった霧人に変わり、みぬきが事情を説明すると、成歩堂は胸をなでおろし、みぬきに気をつけるように注意をし、霧人には礼を言うと共に、椅子を勧めた。
「まったく。ビックリしちゃったよ」
「何をどう誤解すれば、嫁という単語が口をついて出てくるのか、私にはさっぱり、理解できないのですが…」
人心地つき、談笑をしている間に、みぬきが「ちょっと、延びちゃった」と、悲しそうな顔をしながら、そうめんを盛り付けてくれた。
そして成歩堂は、それを一口食べると、「大丈夫だよ。美味しいよ」とみぬきに笑顔で返すと共に、その頭を優しく撫でてやる。
その彼らの姿に、かつて昔、自分にも似たようなことがあったと思い出す。
───… ごめん、お兄ちゃん。ホットケーキ焦がしちゃった。
あの時の自分も、今の成歩堂同様に、落ち込んだ弟に、「食べられるから大丈夫ですよ。それに美味しいですよ」と励ましたのだ。
そして、その一言で、満面の笑みを浮かべた弟を───。
素直にかわいいと、愛しいと、そう思った。
あの頃から自分自身に、多少の歪みがあるのは理解していたが、ここまで歪んではいなかったと思う。
あの頃はまだ、繋がれた手の温もりを守らなければと思っていたし、その手が離れていってしまうなど、ありはしないと思っていた。
だから、あの子を怖がらせないように、その繋がれた手を失わないように、自分の歪みを隠していたのに…。
────… 離れてしまったのは、わずか数ミリ。0.5mmだけなのに…。
「牙琉、どうした?具合でも悪いのか?」
真剣に何かを悩んでいるらしい、霧人を心配し、成歩堂が彼を覗き込むようにそう、訪ねてくる。
その彼に、霧人はいつもの笑みをその顔に貼り付けると、「いいえ。大丈夫ですよ」と、返した上で、彼らの好意に甘え、そうめんをご馳走になるべく、それを一口、口へ運んだ。
────… 0.5mm。今日も、その壁を越えられない。