「お兄さんを信じていたかったあなたも、信じていた所為で、裏切られたあなたも…。 響也の事を口にしているうちに、抱きしめるというよりは、ヘッドロッグをかけられている表現が相応しいほどに、力いっぱい、その腕に締め付けられ、響也はギブアップとばかりに、両腕をバタバタと上下に振った。 けれど茜はそれらを無視して続ける。 「身を切り裂かれるような思いをしながら、“真実を知る”という目的のために、検事として気丈に振舞ったあなたも…」 真剣な声音でそう告げられた言葉に、響也はジタバタするのを止めた。 「偽りなんかじゃなく、全て真実じゃないですか…」 頭の上から投げかけられる言葉は、全て真実を語っている。 「嫌悪しても、辛くとも。 響也の頭を締め付けていた腕の力を、ほんの少し緩めて茜は、「私」と告げた後、彼の頭を解放し、そして、サングラスを静かに外すと、彼の悲しげな瞳を見つめて告げる。 「ひたむきに真実を求めている、あなたの姿は嫌いじゃないですよ」 その言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに目を輝かせつつも、次には残念そうな表情をして、彼は彼女の視線から逃れるように、俯いて告げた。 「“嫌いじゃない”という事は、“好きでもない”って事だよね…」 その彼女の言葉に、彼は「そうかい」と呟いてから それに対して茜は、嫌そうに身を強張らせ、次には振りほどくために動こうとしたが、 そして───。 「いつも、“刑事クン、刑事クン”としか呼ばれないので、私の名前を知らないんじゃないかと、思っていました」 思わず、本音を口にした。 「そう言えば、君をフルネームを呼んだのは、現場で初めて会った日以来だね。 その彼の言葉に、呆れたような、胡散臭そうな目線を向けて、茜が心底、嫌そうな声音で告げる。 「私その、フェミニストな社交辞令を、平然と口にするあなたの癖が、嫌いなんですよね」 彼女がさす、“社交辞令”の意味が理解できずに、複雑な表情で茜を見つめた響也に、茜は険しい表情で返す。 「どうせ私に限らず、女の名前ならどれも、一度聞いたら忘れないんでしょ? 話の流れがつかめない。 「…………。 改めて確認すると、茜は「ええ」と同意してから、先を続ける。 「聞いてましたよ。 彼が元気を取り戻した事に気がついた茜は、“あなた”ではなく、“スターさん”と、呼んだ。彼女が普段、彼を呼ぶ時は、大抵コレか、“検事さん”か、そんなところだ。
そのために人一人の人生を狂わせたあなたも、ガリューウェーブとか言って、調子こいているあなたも、かっこつけるクセして末っ子気質が強くて、本当は甘えん坊なあなたも…。
女の子にキャーキャー言われて、鼻の下を伸ばしているあなたも───…」
「け…刑事クン…。ちょ…ちょっと苦しいよ。
それに、ぼくに対する、怒りと憎しみを感じずには、いられないんだけど…」
「!!」
彼女の言葉で、傷ついた自分の心が癒されていく事に改めて気がつかされ、彼女の一言一言が、自分にとって特別な意味を持つと気がついたのは、一体どのくらい前の話だっただろうか…。と思いをめぐらせる。
あなたは知りたくなかった真実を、検事として。
いいえ…牙琉 霧人の弟として、今回の事で知ったんです。
それも“真実を知りたい”。
ただ、その目的を達成するために…」
「そうですね。
時々、尋問の時に意地悪されるし、好きとはいいがたいですね。
でも、どちらかと言えば、“好き”寄りの“嫌いじゃない”ですけど…」
「…とても優しいけれど、それと同時に、とても手厳しいね…」
と告げ、口にした瞬間、募った愛しさと、そこはかとない侘しさから、甘えるように彼女を抱き寄せる。
「宝月 茜刑事は…」
と、自分のフルネームをいきなり呼ばれ、それをやめる。
フルネームで呼ばれたのは、今回が初めてではないだろうか。
自分が好きな相手の名前は、一度聞けばスペルや漢字までも、ちゃんと覚えるよ…ぼくは」
「社交辞令?」
それこそ、一言一句間違えずに…」
どうしてああいう話から、彼女の思考が、こういう風に結びついたのかが理解できない。
ねえ、今のぼくの話。
ちゃんと聞いてたんだよね?」
それと同時に、だいぶいつものスターさんに、戻ってきたなって思いましたから。
いつもの気障な嫌味が、口をついて出るほどに、元気が出てきたんだな…って」