「…想い返せば。アニキは、不器用人だったな。
 真面目すぎたんだよ。
 なんでも真剣に考えすぎた。
 完璧なんて絵に描いた餅みたいな物で、現実になんてありえないのに…、自分にも人にも、完璧さを求めた…」

 響也に言われ、法介も牙琉法律事務所での生活を思い出す。

 たしかに、あの事務所はここと違い、完璧なまでに書類や調度品が整理され、統一されていた。
 案件を扱う時も、資料探しは苦労しなかったし、書類を書く上でも、形式に則って書けるまで、何度でも書き直しをさせられた。
 だからここの事務所に来た当初、書類や資料の管理があまりにもずさんで、驚いた事を覚えている。

 まあ、今は。
 ここの書類整理は、霧人仕込みの方法で、法介がしているので、成歩堂や彼の師匠が手がけた事件なども、取り出しやすいように、年代ごとの月別に、整理されているのだが。

「…兄はどこかで間違い、見失ってしまったようだから、ぼくは、彼が求めた物を、そして自分が目指す物を忘れないために検事を続けていくよ。
 誰に心配されることなく、その気持ちはぼくにとって真実だ」
「…牙琉先生が求めた物?」

 また法介が無意識に彼を、“先生”と呼んだ。
 それにパブロフの犬という、条件反射の心理学用語を思い出してしまう。

「真実を知れば、恐れる物も、臆する事もなくなる。
 そして、知らない事と知らされない事は恐怖で、知ろうとしない事は大罪だ。
 そうぼくに教えてくれた兄の言葉を胸にね、真実を探求する者の道を、極めようと決心したんだよ。ぼくは…」

 響也のその言葉を耳にした成歩堂は、かつて、『知らない事は罪だ』と言われた事を思い出す。

「で?牙琉君。ぼくに何の用?」

 既に再放送が終了し、10分以上が経過していた。
 実は、みぬきとの件が解決していないとは分かっていたが、成歩堂はあえて彼に声をかけた。
 そして、声を掛けられた響也は、手に持っていた袋をみぬきに差し出す。

「ああ!!これは女の子の憧れ、姿勢堂パーラーのカスタードプリン!!」

 みぬきが大喜びではしゃぎながら言った店の名に、成歩堂は確か、プリン一個、600円などとふざけた値段で売っている店だ。と思い出す。

「…謝罪の言葉を述べた所で、僕が犯した過ちが許されるわけではありません。
 だから、報告に来たまでです。
 ぼくは真実を追究するために、検事を続けていきます。と…。
 もしもまた、法廷でお会いする事があれば、…その時は正々堂々と戦わせていただきます。
 と宣戦布告もしておきます」

 響也のその言葉に、成歩堂は苦笑を浮かべる。
 彼が弁護士を勤めていたのはたったの三年で、七年のブランク。
 そして響也は、その七年の間、検事を続けて、多くの経験を積み、実力を貯めてきた。
 しかも今回の事件は、彼にとってマイナスになる事はない。
 そう彼は既に、あの事件を糧として、立ち直ろうとしているのだ。

「…ヤレヤレ。今度、新人扱いされるのは、僕の方かもしれないね…」

 成歩堂は、弁護士に戻ろうかと考えていた事を、見透かされたように指摘されたが、あえてそれを否定も肯定もしなかった。
 それに、響也は目元に笑みを浮かべて喜びを表す。

 しかし、そんなほのぼのとしたやり取りは、一瞬で終わった。

「まあ、それは良いですよ。でも。こっちの問題がまだ残ってます!」
 と、みぬきが頬を膨らませ、再び響也を睨みつけてきた。

「姿勢堂パーラーのカスタードプリンで、みぬきは騙せませんからね!
 時間はかかっても良いんです!
 でも、ガリューさんには、歌をやめないでほしいんです!
 せっかく、お小遣い15年分、前借して、ガリューウェーブのCDとか買い漁って、大ファンになった瞬間、解散されたんじゃ、いたいけな中学生が救われません!!」

─…お小遣い15年分って、30才までに全額返せる見込みないのかな?

 響也は内心で突っ込みつつも、みぬきへと視線を向けた。

 サーバーがパンクするほど、電話が鳴り止まないほど、解散に対し抗議をしてくるファン達の、彼女はまさに代表か。

 響也はそう理解すると、「OK」と、それだけでも流暢な英語を呟いてから、彼女へ優しい目をして言う。

「君には負けたよ。
 ぼくにも、息抜きは必要だからね。
 今までのように、頻繁には新曲を出したり、ツアーを組んだりは出来ないだろう。
 でも、ガリューウェーブの解散は、君たちがぼくらを見捨てるまで、保留にしておく」

 その響也の言葉に、一瞬、みぬきは、きょとんとした表情を浮かべ、何を言われたのか分からなかったようだが、意味を理解すると、「わぁ!」と、歓喜の声を上げると共に、彼に抱きつく。
 しかも抱きつかれた響也は、慣れた様子で彼女を優しく抱き返している始末だ。





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